「宝塚歌劇」を中心に生舞台及び舞台映像等を観劇することぐらいしか趣味のない、この私が 独りボソボソと綴るブログでありんす☆


by coken
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こう決意すれば、コワイものはありまへぇ~~ん☆ニュージーランド生まれのイギリス小説家、サー・ヒュー・ウォルポールのKotobaです。
ところが、ついこれを忘れがちなので、たえず思い悩むことになるわけですな。。。「人生とは何か?」いくら思い悩んでも、この解答は年齢によっても性格によっても異なるから、結局何の役にも立たんのです。
ただ・・・病気とか、失敗だとかは生きてる以上避けられへんのですし、その時に挫折感を抱くのは、これは仕方ないでしょうヨ。むしろ、その方が人間らしいとも言えますやろ?しかし、その場合でも勇気が必要なのは言うまでもありまへん。いつまでも挫折感に浸ってたら、誰にも相手にされん厄介者になるだけですわ。。。挫折した人にたいして同情の念を抱くのも人として自然なことでしょうが、こちらから同情を求めたりするっちゅうのは、バカげてますよ。
だが、実際の人間はそんなに強くもないし、悲しみの涙っちゅうのにも甘い。だから、その誘惑にかかってしまいます。それでも、自立心のない人間にいつまでも付き合っていられるほど暇な他人様は、そうたくさん居るもんぢゃない。仮に居たとしても、そういう人は当人が尊敬されてない場合が多く、そんな人と付き合ってたら、やがては自分も決定的に自尊心を失ってしまうでしょう。あとは、ひがんで暮らすだけの暗ぁ~い一生が待ってます(怖)
失意の時には、手遅れにならんウチに休養したらよろしいがなっ☆食べたいモンたっぷり食べて、たっぷり寝て、体力が戻ってきたら、また何かを始めてみるんです。旅行ってのも良いですなぁ~。この療法は昔っから知られていて・・・、旅の中でさまざまな人生に触れた結果、立ち直っていくハナシならいくらでもありますワ。
それでもアカン人・・・いくら寝ても、旅してみても、いっこうに何もしたくならん人!そういう人はどうすれば良いかって?そういう人はいずれ腹が減ってきて、寝てもいられなくなるでしょ~ヨ♪

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# by coken | 2006-07-01 16:30
明治・大正期の小説家・徳冨蘆花。彼は『不如帰』で浪子と武男の悲恋を描いたが、このKotobaは男女の愛を超えたキリスト教の普遍的な愛のことを言っている。
『新約聖書』(ヨハネ伝)には「互いに愛し合いなさい。これが私(イエス・キリスト)の教えです」とある。その精神を徳冨蘆花は自分のKotobaとして語ったんですねぇ。
さて、私は「愛」っていうものについては「とても漠然としたもの」であると認識してます。。。無論、ここで言う「愛」とは、先の「キリスト教的な愛」とは違い「人間の愛」についてだが・・・。時として人は「宗教的な愛」と「人間の愛」とを混合してしまうことがあるようだ。。。人間には「永遠に愛し続ける」ということは不可能でありましょう。例えばAさんがBさんと愛しあっているといたしましょう、でももしその片方が、別の誰か第三者Cさんを愛した時・・・果たしてA・Bはそれまでの二人の関係を維持できましょうか?時と場合によっては移ろい変わりゆくもの・・・それこそが「人間の愛」というワケですなぁ。対して、どんな場合にでも変わることがないものが「宗教的な愛」である。。。仏教では「慈悲」と表現されますな。人は、この「愛」なくして生きることはできないとする今回のKotoba・・・気がついてないだけで、結構あなた自身も「愛されて」いるのではないですかな?



d0071098_936579.jpg宝塚大劇場では6月23日から花組公演『ファントム』がはじまった☆この作品は世界的に有名なガストン・ルルーの小説『オペラ座の怪人』を題材に、アーサー・コピット氏が「怪人=ファントム」の生い立ちに主眼を置いて再構成した作品である。
宝塚では2004年に宙組で和央ようか&花總まりコンビによって演じられた。今回の花組は再演となるワケだが、現主演男役の春野寿美礼は歌唱力に定評のあるスターであり、楽しみである♪ちなみに私は7月23日15:00公演を観劇する予定となっている。
で、今回はその予習も含めて宙組公演版を久々にDVD棚から引っ張り出して観劇してみた☆
「オペラ座の怪人」というタイトルは聞いた事があるが、どんなハナシなのかは???っていう人は多いと思う。。。かくいう私もその一人であったからだ(笑)宙組公演を大劇場で観劇するまでは、仮面を付けた登場人物がいるって程の知識しかなかったものだ(苦笑)
d0071098_9574458.jpgその後、映画版「オペラ座の怪人」(ファントム=ジェラルド・バトラー/クリスティーヌ=エミー・ロッサム)も観たのだが、その作品はアンドリューロイド・ウェバー版(※劇団四季でやってるのは、こちらのバージョン)でありアーサー・コピット版を先に観てしまった私にはイマイチ「消化不良気味」な感じがした。さて、その『ファントム』であるがストーリーは、街で歌を唄っている少女クリスティーヌ(花總まり)の歌声をオペラ座のパトロンであるシャンドン伯爵(安蘭けい)が見初め、彼女にオペラ座で唄うことを奨めることから展開していく。そのオペラ座の地下には、生まれついての醜さの為に外部から遮断された環境で育った「怪人=ファントム(和央ようか)」が住んでいた。彼は劇場支配人であるキャリエール(樹里咲穂)の支援をうけて生きてきたワケだが、そのキャリエールが突然に解雇されてしまったことで、モンダイを発し始める。そんな中、偶然にクリスティーヌの歌声を聴いたファントムは、その歌声の中に「母」を感じ、そして惹かれていく。d0071098_10215741.jpg一方、ファントムの歌唱指導によって飛躍的に歌唱力を上げたクリスティーヌは、オペラ座で主役級の役を与えられることになった。喜ぶクリスティーヌ、そしてファントム。。。しかしそれは、彼女を罠にはめようとする者の策略であった。結果、クリスティーヌは罠にかかり満座で恥をかかされることになった。怒りにかられたファントムはクリスティーヌを自分の「領地」である地下に誘い。彼女を罠にはめた張本人であるカルロッタ(出雲綾)に復讐する。地下に戻ったファントムにクリスティーヌは「真に心を開いてくれるなら、仮面をとってあなたの素顔を見せて欲しい」と懇願する。迷うファントムであったが、クリスティーヌの求めに応じて遂に仮面をとる。。。d0071098_16295299.jpg
まぁ、後は人間関係云々含めて、色々と物語の佳境に入っていくワケだが・・・比較的まとまったハナシではあるし、ファントムの心情をよく描いているのが好印象である☆結論から言うならば、主役ふたりが結ばれることはなく、悲劇で物語は終わってしまうのだが・・・不思議とそこには「捉われ」から開放されたファントムの安堵感が場を安らかにしてゆく。
「醜さ」のために歪んだ人生を歩んでしまったファントムはその人生の最期にあたり「真実の愛」を気付くことができたワケですな。。。

作品名『ファントム』
2004年/宝塚歌劇宙組
脚本=アーサー・コピット
作詞作曲=モーリー・イェストン
潤色演出=中村一徳
出演=和央ようか/花總まり/樹里咲穂 他



19世紀後半のパリ、オペラ座通り、遅い午後。無邪気で天使のように美しい娘クリスティーヌ・ダーエが、歌いながら新曲の楽譜を売っていた。群集の中にいたシャンドン伯爵(フィリップ)は、彼女の声に魅せられ引き寄せられる。オペラ座のパトロンの一人であるフィリップは、クリスティーヌがオペラ座で歌のレッスンを受けられるよう計らう。
オペラ座では支配人のキャリエールが解任され、新支配人のショレが妻でプリマドンナのカルロッタと共に迎えられた。キャリエールはショレにこの劇場には幽霊がいることを告げる。そしてオペラ座の一番地下にある小さな湖のほとりが彼の棲家で、自らを“オペラ座の怪人”と呼んでいると。しかしショレは、これは解任されたことの仕返しとしてキャリエールが自分に言っているに過ぎないと取り合わなかった。オペラ座にキャリエールを訪ねて来たクリスティーヌを見たカルロッタは、その若さと可愛らしさに嫉妬し、彼女を自分の衣装係にしてしまう。それでもクリスティーヌは憧れのオペラ座にいられるだけで幸せだった。
ある日、クリスティーヌの歌を聞いたファントムは、その清らかな歌声に、ただ一人彼に深い愛情を寄せた亡き母親を思い起こし、彼女の歌の指導を始める。ビストロで行われたコンテストで、クリスティーヌはまるで神が舞い降りたかの如く歌った。クリスティーヌの歌声を聞いたカルロッタは、彼女に「フェアリー・クイーン」のタイターニア役をするよう進言する。フィリップはクリスティーヌに成功を祝福すると共に、恋心を告白する。ファントムは幸せそうな二人の姿を絶望的な思いで見送るのだった。
「フェアリー・クイーン」初日の楽屋。カルロッタはクリスティーヌに酒盃を差し出した。これはクリスティーヌを潰すための罠だったのである。毒酒と知らずに飲んだクリスティーヌの歌声は、ひどいありさまだった。客席からは野次が飛び、舞台は騒然となる。怒ったファントムが、クリスティーヌを自分の棲家に連れて行く。それはクリスティーヌへの愛情の表現にほかならなかった。しかしそれが、やがて彼を悲劇の結末へと向かわせることとなる……。
ファントム役には、歌唱力・演技力ともにダイナミックさがウリの宙組トップスター・和央ようか。クリスティーヌ役には、既に10年以上もの間「宝塚ヒロイン」というキャリアを張り続けた花總まり。この年、90周年を迎えた宝塚歌劇団が誇る「ゴールデンコンビ」である。

自宅にてDVD観劇
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# by coken | 2006-06-25 12:14
結婚相手として適当かどうかは徹底的に観察するべきだが、結婚後は相手の欠点を見過ごす寛容さがないと幸福な生活はできないということを言った、清教徒革命期のイギリスの聖職者トーマス・フラーのKotobaである☆

「結婚」というものを結婚したことのない私が、とやかく言うのもナンだが・・・(苦笑)結婚しようかと思ってる相手を、冷静に見極めることができようか???人それぞれなのかも知れないが、往々にして『恋は盲目』。相手の嫌なトコロなんかは気付きもしないで、結婚後にドンドンと嫌なトコロが目について、夫婦ケンカのネタになっていくものでしょう。。。
だいたい、相手のことを徹底的に観察しちゃったら「果たして、こいつで良いのか?」って事になりません?(まぁ、私が今まで出逢った相手が悪すぎただけかもしれんが・・・爆)と、いうワケで本日のKotobaを言い換えるならば『結婚前に片目を閉じてたんだから、結婚後も片目閉じたままでいきましょ~ヨ』どうでしょ???(笑)


d0071098_19463760.jpgさて本日、ご紹介したい作品は、三谷幸喜作『BadNews☆GoodTiming』という2001年の舞台作品です☆結婚披露宴を直前に控えた新郎新婦を中心に展開されるドタバタ喜劇でありまして、場面転換は一切なく、同じ場所で次々と話を進めていくのは舞台作品(特に三谷作品)によく見られる手法でありますなぁ。しっかし、この作品はとにかく客を飽きさせない見事なまでのストーリー進行であります。なんだか(良い意味で)遊園地のジェットコースターに乗ってる様な感覚で最後まで観てしまいます♪
d0071098_1947254.jpgお話は、新郎が仕事にかまけて、披露宴準備などを新婦にまかせっきりにすることから始まります。(まぁ、よくあるハナシですわなぁ。。。笑)実はこのカップル、事情がありまして、両家の父親には内緒の結婚なんですが、新婦がこっそりと(しかも結婚という内容を知らせずに)父親を披露宴会場に呼んでしまうというトコロからドタバタ喜劇となっていきます。新婦にフリまわされてドタバタする新郎役には、最近TVドラマなどでよく見かけるようになった生瀬勝久(「ごくせん」の教頭役やら「トリック」の刑事役ですな)。新婦役には沢口靖子(「タンスにゴン」のCMが替わってしまってサビシイっす。。。笑)がスバラシイ天然ボケぶりを発揮してます☆両家の父親役には伊東四朗と角野卓造が、それぞれに良い「味」をだしていますし。脇を固める久野綾希子・伊藤正之・八島智人もしっかりと個性を発揮してます☆
d0071098_20434069.jpg特にホテルマンを演ずる八島智人の存在が秀逸♪狂言回し的な役割も担っているが、その軽妙な口調と動きで、物語のスピード感を損なわさない。
注目は久野綾希子・・・元・劇団四季の主演女優で今回は新婦の母親役であるが、この人、登場からラストまでにドンドンと別人と化していきます。。。いやはやオンナは衣装とメイク次第で変わるもんだ(笑)
登場人物は7人だけで、普段はタカラヅカで群集劇を観てる私にとっては、ある意味新鮮なんですが・・・よく考えてみれば。このくらいの登場人物の方がストーリーは理解しやすいですね。(宝塚だと、まず登場人物を覚えるので一苦労。。。笑)

作品名『BadNews☆GoodTiming』
2001年/PARCO劇場
作・演出=三谷幸喜
出演=沢口靖子・生瀬勝久・久野綾希子・伊藤正之・八島智人・角野卓造・伊東四朗


結婚式当日の幸せの絶頂に見える二人。しかし、彼らには一つだけ大きな問題が。父親同士は、かつて、一世を風靡した漫才師。10年前に喧嘩別れをしてコンビを解消、 今もって絶縁状態にあったのです。
一触即発状態の親たちを前に、 二人は無事、結婚式を挙げられるのでしょうか?
あらゆるタイプの笑いが、次々に客席に降り注ぐ三谷幸喜の傑作コメディ。

自宅にてDVD観劇
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# by coken | 2006-06-18 20:56
d0071098_19271049.jpg初めてBlogなるものを立ち上げてみた☆さて、最初の投稿はどういうものにしようかと思案した結果、やはりここは、一番好きな宝塚歌劇の観劇感想がよかろうと思い、我がDVDコレクション棚よりこの作品『エリザベート~愛と死の輪舞~』(1996年宝塚雪組版)を選び出してみましたぁ~♪
d0071098_19283187.jpg簡単にあらすじを説明するならば「黄泉の帝王」(要するに死神みたいなものか?)が一人の美しい女性エリザベートに恋焦がれて、生きたままの彼女に愛されたいと、ずぅ~~~っと追い掛け回し、挙句の果てには、そのエリザベートの家庭をムチャクチャにしてしまうという、とっても非道徳的(笑)なお話しである。
タイトルのコトバは、(黄泉の帝王=死)が人を愛したのだが、さて(エリザベート=人)が死を愛することがあるのだろうか?という観客への問い掛けで使われている台詞である。まぁ、結果としてこの物語のラストシーンではエリザベートが死を受け容れることで、その答えを出しているようであるが、果たしてそれで良いのかな???
しっかし、皇帝陛下に求婚されてウキウキワクワク気分で嫁いだ途端、自分の思い通りにならない宮廷生活に嫌気がさして、嫁姑の大戦争。。。マザコンの夫とはうまくいかずに、自分の子供さえも他人任せにして放浪三昧・・・こんな嫁さんもらったら、そりゃ大変だろうなぁ~という感じである。
それは、ともかくとして「人が死を愛する・・・」とはどういうことか?物語の途中でエリザベートが自ら死を望む場面があるのだが、その時トート(黄泉の帝王)は「死は逃げ場所ではないっ!」と突っぱねている。。。ということは自殺願望は「愛すること」にはならないようだ。ではでは、ラストシーンで暗殺者の凶刃の前にあえて身を投げ出すことは自殺ではないのだろうか???う~~~~む。。。
夫の皇帝とは結局和解することもなく、黄泉の帝王と二人仲良く昇天して行くラストを観ていて初見の時、椅子からズリ落ちたのを今、思い出した(笑)「これで良いのか!?ウィーン・ミュージカル超大作よっ!」と独り悶々としていたものだが、結局何度も観ているウチに全体の雰囲気に飲み込まれてか、自然と観れるようになってきた昨今である(苦笑)

「死」というものに対する考え方が、そもそも軽く考えられているやに見える今日この頃。世間各地で毎日のように「アホか!?」と思うような事件がおき、報道されている。垣間見るに犯人の多くは、他人の「死」に対して鈍感であるし、また自分の「死」に対しても鈍感である。
大阪教育大付属池田小学校の児童殺傷事件を引き起こした犯人は、自ら死刑を望んでいたが、果たして奴は「死」を愛したのか?否、「死」を逃げ場所としたのか?釈然としないまま死刑は執行され、奴は既にこの世にいない。


・・・いかん途中でナンだか小難しいハナシに切り替わってしまった。。。次回はもっと軟らかい作品をチョイスしよう(反省)


作品名『エリザベート~愛と死の輪舞~』
1996年/宝塚歌劇雪組
脚本歌詞=ミヒャエル・クンツェ
音楽=シルヴェスター・リーヴァイ
潤色演出=小池修一郎
出演=一路真輝/花總まり/高嶺ふぶき 他


1992年オーストリアでの初演以来多くの人々を魅了し、センセーションを巻き起こしてきたウィーンミュージカルの超大作。
舞台は19世紀末のオーストリア・ハンガリー帝国。ヨーロッパ随一の美貌をうたわれ自由奔放に生きる皇后エリザベートと黄泉の帝王トート(死)が繰り広げる愛と苦悩をドラマチックに描いている。トート役には、この公演で宝塚退団となる雪組トップスター・一路真輝。エリザベート役には、ハマリ役とまで言われ、この後今年まで10年間、宝塚のヒロインであり続けた花總まり。

自宅にてDVD観劇
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# by coken | 2006-06-16 21:36